昭和49年09月13日 朝の御理解
御理解 第28節
「病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。」
これはおかげを受けるという事でなくて、信心を受けると言う事。おかげを頂くと言う事よりか、信心を頂かせて貰うと言う事が教えてある御教えだと思うのですね。もうこの道理を教えておられますように、井戸替えをするのにね途中で止めては、やっぱり何時まで経っても井戸は水がきれいに澄まないように。井戸替えをするからには矢張りスッキリと、言うなら井戸替えをしませんと、良い水を頂く事は出けません。
お互いそれぞれの難儀の元というのは色々あります。もう必ずただ偶然とか、例えばお腹をこわしたとか。夕べ食べ物が悪かったからおかげを、お腹をこわしたと言いますけれども、それは本当の原因ではありません。そういうならお腹に障るような物を食べねばならなかったという事の方が原因なんです。ね。災難に遭うと。ね。昨日も福岡の高橋さん、昨日一昨日でしたかね。
久留米の支店の方におい出られるので、あちらに行ってまあもう言うならばあの、止めておられた駐車しておられた。それにあの後ろバックして来た車が、車をずらしたとこう言うのです。ね。自分はちゃんとね、止めて良い所に止めておるのを、後ろを見らずに突っかけた。だからアンタが全面的に悪いんだと。ね、普通ではそうです。
けれども高橋さんの心の中には、ね、確かに形の上においてはそうなのだけれども、やはり突っかけられなければならなかったと言う事。又は自分の車がそこに止めておったので、その突っかけた人も迷惑を蒙った事。そう言う様な事を心の中でちゃんと分かっておられますからね、向こうはちゃんとまあ修繕をしてやると言いよりなさいますけれども、それは、まあそれで良いだろうかというお伺いがありました。
それで向こうが言いよんなさるとならば、させて貰っても良いでしょうと、私は申しました事でしたけれども。けれども信心させて頂く者はね、その辺の所を分からなきゃいけんです。まだ若先生が4~5つあの、北京から私共引き揚げて帰りましてからすぐの頃。その、今頃はもうあの時分は車なんか、もうそんなに今のようには沢山ございませんですね。表で遊びよったらキャーッち言うて泣きますからビックリした所が、自転車がそのこう転んでおるとへ、縦にこうやってひいて行った。ね。
それでもうあなた自転車に乗っておられる方も外へ下りてから、私は丁度そのその前におりましたから、あの飛び出て行きましたら、まあその別に怪我した風じゃないけども、まあ泣きよります。それで近所のおじさんが見えて、そのしっかり向こうの自転車ば握ってやっとんなさいますもん。それで私が本当どうもすみません、あの貴方急ぎよんなさるとに、あの御迷惑を掛けましてすみません、どうぞ早う行って下さいという風に言うたところが近所のおじさんが腹をかかれました。
アンタばっかりはもうそれこそ、お金ばこういっちょ貰わにやならん。ね、まあ言うなら。言うなら怪我どんしとんなら病院代もらわんならん。その貰わにゃならんと思うて私がこうやってハンドル、なら後ろの荷台の所をこうやって掴めてやっとらさいますもん。ね。それがまあ普通の人の考えだろうけれども、私としてはです。自分の息子がここでキョロキョロ遊びよったからこそ、この人はそういうなら急ぎよんなさるとこでも止まらんならんような、またそういうビックリするような思いをされたのですから。
本当言うたら、ひかれた方が悪いのだと言う様な考え方ですからね私は。けれど普通ではそうじゃない。もう引っ捕まえとかんと逃げられたらいかんて。そんな事がございましたけれども、私はね信心者の頂き方というものは、そう言う様な頂き方でなからなければ、今日の御理解を頂くと言う事になって来ないと思うんです。なぜかと言うと言うなら病気災難は根の切れるまで。井戸は清水になるまで。言うならば嫌な事汚い物がどんどんどんどん出ておる時こそです、実を言うたらお礼を申し上げねばならないと。
難儀な事が起こって来た困った。痛い痒いの事にいたるまで、それこそやれ痛や今みかげをという心になれよと仰るのですから。ね、今こそめぐりのお取り祓いを頂いているんです。今こそ家の中の汚い物が出て行っておる時ですから、本当にすみませんお礼を申し上げるのが本当は、信心で言えば本当なのです。ね。だからそういう生き方が身について来る時に、世の中は愈々平和になって行くのです。ね。
例えば少々こっちが分が悪いかったっちゃ、あいつを捕まえとってごうぐろかと言った様な時代なんですよね、例えて言うなら。これでは何時まで経っても平和にはなれません。もう本当の本当な事が分かる事。ね。私はそこん所をね、一つ分からせて貰う信心。でないとです信心するのに、どうしてこの様な事がという心が起きて来ます。ね。信心しておって、どうしてこの様な事が、言うなら難儀な事が起きて来るであろうかと、言うたり思うたりしたら、もう信心はそこで止まっておると仰る。
成程それは難儀な事である。もう取り返しの付かない様な事かも分からない。ね、けれども今こそ身の巡り家の巡りを、ね、言うなら大きな難儀の元がこの様にしてお取り祓いを受けておるんだという頂き方なんです。ね。そこでです段々信心させて頂く人には始めから、ね。昨日も婦人美登里会の方達の朝参りをなさる、昔ね朝参りをなさる方達の、婦人の方達ばっかりが、毎月美登里会という会を毎月12日に開かれます。
もう言うなら熱心な、もうそれこそ合楽の魔女と言われる位に信念の強い方達ばっかりの集いなんです。ね、名も美登里会。ね、美しく登るというのである。どんな場合でどんなきつい場合であっても、そこん所を美しゅう頂き抜いて行こうという会なんです。福岡の川上さんという御婦人が熱心に、もうそれこそ本当に熱心に参られます。リュウマチで親戚の医者にも長い間掛っておられましたけれども、よくなりません。
そこで合楽の事はよく知っておられる事だし、また大変奇跡的なおかげも次々と頂いた方なんですから、もうこれは本気で、もう医者薬と言わずに、もう本気でお参りさせて頂いて、おかげを頂こうという決心されて。もうどうでしょううか一年何ぼになりましょう、毎日日参されます。ね。おかげでそれこそその痛いとか、そのリュウマチの症状がだんだん無くなって、もう殆ど健康状態におかげを頂いておられる。往き戻りにはもうそれこそ合楽示現活動。
バスの中であろうが電車の中であろうが、一生懸命人にお話を伝えさせて貰い、おかげの泉を読んでもらうと言う様な、言うなら合楽示現活動に、もう本当の意味で参画しておられる方ですか。昨日二人の息子さんがおられますが、長男の方が少しばかり怪我をして帰って来た。見とりゃやっぱ大分怪我をしとるけども、そん時に一番はじめに浮かんだのは、おかげ頂いたねえと言う事だったと言うのです。しかし私は自分ながら不思議に思いましたけれども。こういう、例えば怪我をして帰って来とるのにです。
もうこの有り難かったという心が実感として湧いておる自分に気付かせてもろうて、少しは信心が分かって来たなと思いましたという、まあ簡単な発表をしておられます。ね、だから信心が本当に分かったらです。ね、本当にどのような場合であってもおかげ頂いた。ね、それこそ、やれ痛や有り難いという心が起こって来るのであり同時に、ね、今こそ言うならば溝ざらえをしておるならきたないものが、どんどん上がっておる時だという、そういう思い方が一番本当なのです。ね。
だから信心とは結局、本当から本当な事を愈々追求して行き、本当な事が分からせて頂く事だ。本当な事が分かる所にです、世の中に困るとか、難儀という事は無くなって来るのです。ね。本当な事が分からんから難儀な事だと思うたり。ね、困った事だと思うのです。だから難儀な困った事だとその、思、難儀な事です。ね。だからお願いをしておかげを頂いても、しかし信心を頂くという事にはなりませんですね。
昨夜最後の御祈念をさせてもろうて、あちらへ部屋に下がらせて頂きましたら、何かあのお笑い、お笑い講か何かという講がある。年に一回かその何かそこの、町か村の行事らしいんです。そしてもうみんながもう、それこそ笑い方の上手なのが、まあ良いのでしょう。それには鐘がなる。まあだ笑い方が足らんというとには太鼓がなる。それでまた笑い直すといった。もういわゆるその見物の人が沢山おりましたが。
もう見物の人までが、もうそれを見てて一生懸命、もう言うならば、舞台の方でやって笑っておる人も、そのこちらの方も皆一生懸命笑っておるという場面をちょうど見せて頂いたんです。笑い講という講がある。昔から続いておるんだそうです。だから心から笑ってる訳じゃないです。笑いの演出ですいわば。ところがですなら笑いよるその笑っておる人達を見て、今度は舞台の方の人達は本当に笑ってるわけ。不思議な働きが起こるもんだと思いますね。
そこでですなら始めからこういう難儀の中にあってです、笑えるはずがないというような場合であってもそれこそ、笑う角には福来たりと言うのですからね。私は本気で笑おうという気にならなきゃいけん。本気で有り難いという気にならにゃいけん。それはどんな場合であってもですね、だからそんなら嘘の場合でも良いのだと。分からない間そうなんです。嘘の有り難いでも良いのだ。
昨日川上さんが言っておられるのはです。今までははあおかげ頂いたと、例えば言うてもです。それは心からその有り難いとは思えなかったに違いない。自分もそう言っておられますから。その有り難い、おかげ頂いたねという、それが自分の本当な心であったから、自分でも有り難いと思うたと、こう言っておられます。稽古しておる内、そういう風にだんだん、おかげを頂いて来るようになるのです。だから始めの間はそれこそ嘘にでも有り難い有り難い。ね、とてもここで笑えるはずがないけれども。
嘘にでも笑わせて頂いておかげを頂いて参りますとです。例えば私の方の一番修行の真っ最中。お金もなからなきゃ食べ物もない。もうその日その日のもう不思議な不思議なおかげの中に日々おかげを頂いておる。妹の婿が私共北京に行っておる間を守っておってくれとりましたのが、胸の病気でもう長い間二階に休んでおります。それでも例えば横を通る方達が、まあ金光様っちゃあどうしてあげん拝まなんじゃろうかと言う位に、誰かがいつも柏手打って拝んでおる、柏手の音がしたと近所の方が言う位でした。
同時にですそれこそ鍋の中を開けりゃ、こんなもんが食べられるだろうかと言った様なものを頂いておる時代ではありましたけれどもです、私の家に笑いが絶えなかったと言う事も、近所の方達が言っておられました。いつも言うならば、ね、言うならば食事ならお食事の時にはもう、それこそ笑いどしめきでご飯を頂いておりました。おかげをを頂いておったなあと思います。ね。とにかく心に心配がある不安がある、苦しい悲しい。そういう時にはもういつも御神前に出て、もう誰かが皆御祈念をしよる。
だから金光様っちゃあ、あげんいつも、拝まにゃんもんじゃろうかと言う位に評判されるくらいでした。同時にそういうなら笑える時ではないのです。そういう時代にですなら笑いを忘れてはいなかった。いや笑えておったと言う事がです、成程おかげの元になっておるなと思うです。私共が信心させて頂いて、今合楽でそれこそ、日々奇跡の連続と言われております、そのおかげは決して言うならば、そういうおかげを頂いて。
それこそ家の根であるというか、難儀の元が切れると言う事は決してありません。ね。言うならば、なら私の方の一家の上にです。そう言う所を通らせて頂いたおかげでです。ね。食べ物に不自由をする事がない、金に不自由をする事がない、着る物に不自由する事は。もう一切に恵まれ続けたのはそういう私は、ね、(真心?)から根からのお取り祓いを受けておるからだと思います。
もう椛目で人がどんどん助かって、道路側の方から入っておったのが、家がだんだん広くなりまして、東側の方から玄関が出けて、大きなあの一軒戸のガラス戸がはまっておりました当時。そん時に母がお夢を頂いておるのに、小倉の初代桂松平先生がです、それこそ象のように大きな牛をガラスドア、2枚ながら取り外してからそれでも上をこするように、もうやっとこう引っ張り出し押し出すようにして、その牛を引っ張り出して下さった所をお夢に頂いたと、その当時お届けしております。
牛というのはここでは家の巡りと仰る。家の難儀の元と言うのです。それこそそれが象のように大きかったと言うのです。成程私共が働けど、働けど暮らしが楽にならなかったはずだ。その上かてて加えて次々と病人があったはずだ。長年続けて来ておった酒の卸しこうをやっておりましたが、それも言うならば出けなくなってしまうような、言うなら破目になった、なるはずだと言う事なんです。
私はあのその酒屋を止めなければならない、そん時にも細々とまあ6~7人の家族なら酒の配給だけで御飯が頂けたんです。所がその酒の配給を、まあ止めねばならないハメになった時、私は善導寺の教会にお参りしてから、その事に対する心からお礼を申しました。親先生の方が、それはアンタどうすんのち言われました。けれども私の心の中にはです、神様がこの命の種綱と思われるような、長年の商売を止めさせられる、止めねば成らない様な事になった事はです。
神様がもっと良い仕事を、与えて下さるんだと確信してましたから私は。だから酒屋ぐらいな事っちゃない、もっと良い商売を、与えて下さるんだと思うから、私はその事に対して、お礼を申させて貰いました。ね。そりゃもうどうすんのこれはアンタ、酒の配給さえしとりゃ、それにしがみ付いとりゃです、一家7人~8人ぐらいなら食べて行けたんですその時分。ね。さあどうすんのって言っとったら、やっぱどうすんのになっとったでしょうね。けれども本当にその事はです。
あのより有り難いおかげを受けられる前提だという頂き方ですから、もうお礼を申し上げなければおられなかったというのが、その時の私の実感でした。ね、言うならば嫌な事が、きたないものが、どんどんお取り祓いを頂いておったからこそ、家の中にあった、家のそれこそ象のように大きな牛のめぐりがあったんです。それを一心の信心によって、言うなら小倉の桂先生が、それを引っ張り出して頂いた、まあそう言う様な所からです、人がだんだん助かるようにもなり、ね。
一切の事に不自由のない、恵まれ続けて今日まで来ておる訳でございますが。成程おかげで何二十もう五年間です、椛目合楽を通して。おかげで家族中の者がお医者さんに手を握ってもらった事がない、薬一服頂いた事がないというほどしのおかげを頂いておる。病気災難は根の切れるまで、そこに根は切れた訳です。勿論そういう前後して、妹の婿は亡くなりました。ね、亡くなりましたけれども、巡りをかろうて行ってくれたという感じです。だからね痛い事でも痒い事でも困った難儀だ。
それはどうするかという時であっても、今こそ井戸ざらいがあっておる時だ、めぐりのお取り祓いを頂いておる、またそれが事実なのですから。それをそう頂けれる信心を身につけたい。けれどもなかなか頂けない。ここを有り難いと言うとがほんなこつばってん、有り難く言えない時には嘘にでも良いから有り難いと思うときゃええ、嘘にでも良いから笑っときゃええ。
それこそ自分の嘘の笑いに、自分の周囲の者が本当に笑うてくれるようになって来るんだ。ね。今日は私御神前で。今日はあの、金光教の光の字、と金光教の教えという字を頂いて、今日は光の話ではなくて、今日は教えの話をせよと言う事を頂いたんです。光の話というのは、今合楽でその光に浴してそれこそ、あの有り難いおかげを頂いておるという話です。今日は光の話ではなくていわゆる教えの方。
金光教の教という字。今日は教えの話をするように頂いて、ここを開かせて頂きましたら、28節でございました。28節はこれはおかげを頂くと言う事ではなくて。ね、それこそ折角信心をさせて頂くのですから。ね、その信心によって、家の言うなら難儀の元、身の難儀の元。その元を絶たせて貰う。病気災難は根の切れるまでの信心を、今日は聞いて頂いた訳ですね。
どうぞ。